「ドアを閉める」ための解散

 英国のメイ首相が会見を行い、「6月8日にEU離脱の信を国民に問う目的で総選挙(下院選挙)を行いたい」という意向を示した。

 「緊急会見が行われる」との報で、何が語られるのかを不安視し軟調に推移していたポンドは、このニュースで上昇に転じ、結果的に対ドルで半年ぶりの水準にまで戻すこととなったが、この上昇は、買い戻しや一時的な投機的売買の域を出ておらず、今後の持続的なポンド上昇を示唆するものではないと判断している。また、このニュースの反応を見ていて、冷静にその本質を見極めようとしていたのは為替市場よりも株式市場であったように思う。

 背景をまとめる。

 英国は、総選挙が頻繁に行われて政治が安定しないことを恐れ、2011年に総選挙は5年ごとの5月に行うという法律を定めている。しかし、例外として下院議員の3分の2以上の賛成が得られた場合は解散総選挙を行うことができるという道を残した。今回、メイ首相が“賭け”に至ったのは、最大野党である労働党内がコービン党首の指導力不足を巡り混乱している状況であり、一枚岩ではないことから(野)党としての方針が打ち出せずに、離反(解散に賛成)する議員が続出すると読んでのことである。

 まずは、この3分の2の賛成こそがメイ首相がクリアしなくてはならない第1のハードルであるが、その後、実際の選挙でEU離脱推進派が勝利するという第2のハードルを越えて、国内の反EU強行離脱派に何も言わせない状況が出来上がることとなる。

 ただし、第2のハードルをクリアできなかった場合、同氏には新たな問題が生じる。それは、再度、EU離脱を問う国民投票が行われる“可能性”を残すということである。

 この“可能性”は、今月5日、欧州評議会が英国に対して「蜘蛛の糸」を垂らす決定を行ったことから生まれた。

 EUはその憲章で、加盟国のEU離脱に関して、「国民投票1回のみの結果が全てであり、それにより離脱方針が決まった場合は、速やかに離脱宣言を行い、(2年以内の協議後に)離脱しなくてはならない」と定めている。昨年の英国国民投票後にデモや集会が行われ、これをして日本のマスコミは「再度、国民投票が実施される可能性」を語ったが、外国の報道機関でこの可能性を報じたのを私は目にしていない。それは、この憲章を知っていたからである。

 しかし、今月5日に欧州評議会が垂らした「蜘蛛の糸」は、「もし、英国がその意思でEU残留を決定し、その意思をEUに加盟する全ての国が受け入れた場合、英国のEU残留を認める」というものであった。これにより、EUの“ドア”は、ほんの少しではあるが、英国に対して開かれたのである。「蜘蛛の糸」は、全員が整然とそれをつたってのぼらない限り、切れてしまう。「全員」=「国民投票」なのである。

 だが、今回のメイ首相の決断は、このドアを“開く”ためではなく、再度“完全に閉める”ためのものなのだということを株式市場は認識し、為替市場でポンドが上昇しても、FTSE100を始めとする欧州株式指数、及び、米国株式指数先物は下げ幅を拡大させたのである。

 ロンドンに本部を構える多くのEU統轄機関だけでなく、民間金融機関のEU内ヘッドオフィスが続々とドイツへの移転を考え始めている今、金融とサービスの国である英国にとって、「EU(強行)離脱」と「EU残留」のどちらが短期的に国益に寄与するか、その答えは明らかと思われる。

 そこには、「英国が団結することによるポンド高」という、ニュース報道後のポンド買いの材料とされた経済的論拠がまるでない詭弁は存在しない。

(スプリングキャピタル株式会社 代表取締役社長 チーフ・アナリスト 井上 哲男)

井上 哲男『相場の潮流』:投資サロン
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