9月6日、英与党保守党の党首選でエリザベス・トラス外相が勝利し、ジョンソン首相に代わって新首相に就任しました。「鉄の女」と呼ばれた故マーガレット・サッチャー元首相、英国のEU離脱を成しえなかったテリーザ・メイ前首相に続く史上3人目の女性首相となります。トラス首相は1975年生まれ(47歳)で、オックスフォード大学を卒業後、OLを経て、2010年にサウス・ウエスト・ノーフォーク州から国会議員に選出されました。保育・教育担当政務次官や環境・食料・農村地域大臣を務めたのち、第2次メイ内閣では財務省の首席担当官、ジョンソン内閣では女性・平等担当大臣、国際貿易大臣、外務・英連邦・開発大臣などを歴任しました。
トラス氏は党首選で、経済政策を最優先課題に掲げて、大型減税などを通じた経済成長を目指すとしていました。具体的にはジョンソン政権が打ち出した増税措置(2023年の法人税率19%から25%へ)の撤回、家計向けグリーン賦課の一時停止、国民保険料の引き下げ(4月の引き上げの撤回)などによって、GDPの2%弱にあたる総額300億ポンド規模の軽減を目指すとしています。また、高インフレ、エネルギー高対策の実施なども打ち出しています。サッチャー元首相を尊敬するトラス氏は「鉄の女2.0」とも呼ばれていて、奇しくもサッチャー氏が就任当初直面した高インフレと同じような状況で、政権をスタートさせることになりました。
また、国防や外交面に関しては、2030年までに国防費の対GDP比3%への引き上げ(現行目標は2.5%)、対ロシアや中国への国際対応継続などが注目されます。環境・エネルギー問題では、従来からの「2050年カーボンニュートラル」の推進に加え、原発と小型モジュール原子炉の建設推進などをあげています。BREXIT問題では英国の経済活動を制限しているEU法に関して、2023年末までに撤廃ないしは見直しを目指すほか、ジョンソン政権が進めた「英国版北アイルランド議定書法案」も完全履行を目指すとしています。トラス首相は国民に向けた就任スピーチで、「ともに嵐を乗り切ることができる」と呼びかけました。しかし、これは次期総選挙を見据えて、挙党体制を築かなければならない保守党内へ向けた言葉とも受け取れます。決選投票では過去と比較しても57%という低い得票で党首となったトラス氏は、対抗馬だったスナク前財務相の支持者に加え、依然ジョンソン前首相を支持する党員もしっかりと取り込んでいく必要があります。すでに、各世論調査では野党労働党が与党保守党を支持率で10ポイントほど上回っているとされ、多方面で行動を活発化させる必要があります。
就任後の政策次第では短命に終わった、メイ首相やジョンソン首相の二の舞になりかねないことから、挙党体制を早期に確立し、高インフレ、エネルギー対策を実行し、国民の信任を得なければなりません。また、エリザベス女王の崩御によって、国際社会における英国の存在感の低下も意識されるなか、積極的な外交政策を通じて欧州でのリーダーシップを発揮しなければなりません。コロナで疲弊した国民生活に追い打ちをかける低賃金、高インフレを克服し、経済の正常化を実現して、欧州域内でリーダーシップを発揮できる英国の復活が「鉄の女2.0」の双肩にかかっています。
(カイカ証券)
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