『新しい資本主義は分配から成長へ』

6月7日、政府は経済財政運営と改革の基本指針である「骨太の方針2022」と、岸田首相が掲げる「新しい資本主義」の実行計画を閣議決定しました。全5章からなるこの基本方針は「新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」という副題が付いている通り、当初岸田首相が主張していた分配重視(その1つの策として示した金融所得課税の見直しなどが株式市場からは嫌われたわけですが…)というより、従来の骨太の方針でも示されてきた成長路線を概ね踏襲する形に落ち着いたと一般的にはみられています。

一応岸田政権の目玉方針である「新しい資本主義」は、五つの重点分野で改革を進めていく計画です。①「人への投資と分配」では、人的資本投資として3年で4000億円規模の施策を掲げています。また、働き方の多様化、質の高い教育に加えて、従来の「働き方改革」でも課題とされた最低賃金の全国加重平均を早期に1000円以上に引き上げることも盛り込まれています。岸田首相が公約としていた「所得倍増」は「資産所得倍増」に置き換えられ、年末までにNISAの抜本的拡充やiDeCo制度の改革等の政策を打ち出すとしています。ただ、資産所得を増やすには、そもそもの所得を増やす必要がありそうです。20代から40代までの年代では資産所得ゼロの割合が3割前後に達しているとみられる現状では、子どもが自立し始める50代前後以降にとっては効果的な政策かもしれませんが、世代間格差を生む可能性も高まりそうです。

②「科学技術・イノベーションへの投資」では量子、AI、バイオ・医療分野への投資拡充、産学官の連携強化、若い人材への支援などが盛り込まれています。③「スタートアップ(新規創業)への投資」も岸田首相の肝いりですが、スタートアップ育成5か年計画を年末までに策定して、5年で10倍を目指すほか、資金調達環境の整備や人材の育成などを進めていきます。④「グリーントランスフォーメーション(GX)への投資」では脱炭素に向けたロードマップを年内に取りまとめるほか、10年で150兆円超の官民投資を実現するための「成長志向型カーボンプライシング構想」を具体化して、財源として「GX経済移行債」を発行するとしています。⑤「デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資」では自動運転や空飛ぶクルマ、物流・人流分野のDX・標準化、MaaSなどを推進するほか、行政・自治体のデジタル化やマイナンバーカードの普及を進めます。

そして、外交・安全保障ではロシアのウクライナ侵攻を契機に高まっている防衛力の拡充について、新たな国家安全保障戦略等の検討を加速し、5年以内に抜本的に強化する方針です。具体的な数値目標は示されていませんが、防衛費を欧州並みのGDP 2%超に引き上げるとの見方もあるようです(財源確保については具体的に触れられていません)。経済安全保障分野ではサプライチェーン確保のため、半導体など先端製品の国内投資への支援やエネルギーの安全保障に寄与する再生エネルギー、原子力の活用などが盛り込まれています。さらに、従来のアベノミクスやスガノミクスでも取り上げられた「少子化・こども政策」や「国際連携強化」、「防災、減災、国土強靭化」、「観光立国の復活」なども引き続き掲げています。

企業に対する所得の再配分や金融所得課税強化を掲げていた岸田首相が、成長戦略に舵を切ったことはマーケットも好感しています。ただし、直近で首相が「(金融所得課税について)引き続き与党や自民党の税制調査会で議論を続けていきたい」と述べたことが伝わるなど、完全に成長重視に切り替えたとみるわけにはいかないでしょう。そういった意味で、6月22日公示、7月10日投票の日程で行われる見通しの参議院選挙の結果次第では、改めて自身の考えを打ち出してくる可能性もあるため、安易な楽観はできそうにありません。とはいえ、NISAやIDeCoの拡充は株式市場への資金流入が期待される要素です。さすがにマーケットの下支え効果として機能するには時間がかかるでしょうが、GX・DX、防衛、インバウンドなどテーマ関連物色は先行して見られており、こちらは短期的に利益を狙うことのできる場面も多そうです。

「骨太の方針」と「新しい資本主義」の閣議決定:成長戦略の効果を損ねる財政健全化後退の懸念

 政府は7日の持ち回り閣議で、経済財政運営の基本指針「骨太の方針」を決定した。ロシアのウクライナ侵攻などで国際情勢が厳しさを増しているとして、「国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記。国と地方の基礎的財政収支(PB)を黒字化する目標については、2025年度としてきた達成期限を明示せず、財政健全化に関する表現が後退した。

 岸田文雄政権で初の骨太方針。首相は同日開いた経済財政諮問会議などの合同会議で、「(今夏の)参院選後に本日決定した方針を前に進めるための総合的な方策を具体化する」と表明した。防衛予算の確保に関しては「内容、金額、財源の3点セットで議論を行う」との考えを示した。

 閣議では、岸田政権の看板政策「新しい資本主義」の実行計画も決定した。「人」「新興企業」「科学技術」「グリーン・デジタル」の4分野に重点投資を行い、経済を新たな成長軌道に乗せることを目指す。

 政府は財政健全化の目標自体は変更していないと説明している。しかし、今回の骨太方針は歳出改革に関連し、「重要な政策の選択肢を狭めることがあってはならない」と、柔軟に財政出動に踏み切る考えを打ち出した。23年度予算編成の過程で、防衛などの各分野で歳出拡大の圧力が強まる可能性がある。

 骨太方針は防衛力強化をめぐり、北大西洋条約機構(NATO)諸国が国防予算を国内総生産(GDP)比2%以上とする目標の達成を急いでいると指摘。注釈として「台湾海峡の平和と安定の重要性」に関する文言も加えた。敵の攻撃圏外から対処するスタンド・オフ防衛能力や、無人化装備などの強化も掲げている。

 人への投資では、「最低賃金の引き上げは重要な政策決定事項だ」と説明。現在は全国平均で930円の最低賃金を、可能な限り早期に「1000円以上」とする方針を示した。学生が卒業後に所得に応じて返還する「出世払い型奨学金」も導入する。

 また、現預金に偏った個人金融資産を投資に誘導するため、年末までに「資産所得倍増プラン」を策定し、少額投資非課税制度(NISA)の拡充などに取り組む。新興企業の数を5年で10倍に増やすため、海外のベンチャーキャピタルの誘致なども進める。

(カイカ証券)

※本稿は筆者の個人的な見解であり、カイカ証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。