M&Aで起こる「のれんの減損」~第2回減損が発生する過程―日本郵政の事例

前回はM&Aによって「のれん」がどのように発生するかについて触れました。問題はこの「のれん」が買収を行った企業に対して、将来に多額の損失を与える可能性がある点です。前回も触れたようにのれんはいわば企業を「割高に買った分」です。なぜ高く買ったかといえば、簡単にいえば「高く買っても、もっと儲かる。」と買い手が期待しているから。そして、会計上この高く買った分=のれんの金額と表現されます。
ですから、期待外れの結果となった場合は、のれんは当初の金額よりも実際は小さい、と考えることになり、価値を減らす必要があります。そして、のれんの資産価値を減少させる際に損失が発生するというわけです。以上がざっくりとした減損の過程です。それでは、事例を用いてこの過程を見てみましょう。

日本郵政のトール社減損事例

最近で大きな金額の減損損失を計上した会社として、日本郵政を取り上げます。同社は、2017年4月25日に、2015年5月に買収したトール社(豪)に係るのれん等の減損損失の発生を発表しました※1

1.買収時の会計処理(2015年5月)
まず、2015年5月の買収時ののれんの金額はどのように計算されているか確かめてみましょう。同社の2016年3月期の有価証券報告書によれば、日本郵政はまず買収時にのれん等として約4,700億円を計上しています。この金額は、トール社の保有するすべての資産からすべての負債を差し引いた金額と買収金額の差額です。前者はトール社の買収時点での総資産約5,300億円から負債約3,900億円を差し引いた1,400億円でした。そして、後者は約6,100億円でした。図で表すと次のようになります。

トール社買収時ののれん金額のイメージ

日本郵政は、資産-負債の価値がおよそ1,400億円の会社を6,100億円と資産価値の4倍以上で買収しています。事情を知らない人からみれば高い買い物にみえなくもありませんが、ここではその金額の妥当性については考えません。

ちなみに2017年4月の減損損失のリリースの発表資料によると、買収時に日本郵政はトール社の企業価値を7,900百万豪ドル(当時の為替レートから、約7,500億円程度)と見積もっていたようです。企業価値についての説明は後述しますが、資産-負債の約1,400億円とは別のアプローチで計算した企業の価値です。つまり当時の日本郵政の中では、「1,400億円の会社を6,100億円で買う。」というよりも、「7,500億円の会社を6,100億円で買える。」という感覚が働いていたのかもしれません。

2.減損時の会計処理(2017年4月)
しかし、残念ながら日本郵政の目論見は外れてしまいました。同社のリリースによれば、目論見が外れた主な原因は資源価格の下落や、中国経済・豪州経済の減速にあるようです。

買収時に見積もった約7,500億円の企業価値は、2017年4月のリリースによれば2,600百万豪ドル(2017年4月の為替レートから、約2,200億円程度)と1/3未満にまで下落しています。

したがって、同社は2017年4月時点でののれんの残額3,682億円を0円まで減少させることを決断したようです※2。リリースが開示された当日の記者会見で社長は「負の遺産を一掃※3」したいと話しているようですが、会計的に考えれば、「正の資産を一掃」したと捉えるのが正しいでしょう。

さて、ここで気になるのが先ほど出てきた「7,500億円」や「2,200億円」といった企業価値の算定方法です。企業価値の具体的な算定方法は多くの種類があり、日本郵政がどのような算定方法を用いたかは開示資料からは明らかにできませんので、ここでは代表的な方法として「インカム・アプローチ」という方法を紹介します。

インカム・アプローチとは、企業の価値を将来に入ってくるお金から計算する方法です。簡単に考えるために、仮想の会社A社を想定してみましょう。

・A社の企業価値
A社は以下のような会社であるとします。

(A社概要)

  • 不動産を5軒保有しており、それらを貸し出して賃貸収入を得るビジネスのみを行う
  • 不動産はA社の所有物であるため、特にコストはかからず、賃貸収入はすべてA社のもうけになる※4
  • A社のオーナーである社長は高齢のため、5年後に保有するすべて不動産を5億円で売却して会社経営から手を引く(5年後に5億円でB社に売却する契約を締結済)

ここで、A社の企業価値をインカム・アプローチで計算するために、A社の将来の収益を予想する必要があります。その際、もしA社は長年に渡って年間1千万円の賃料ですべての物件を空室期間を作らずに貸し出せていた場合、将来5年間も空室を作らずに同額で貸せると考える可能性が高いでしょう。つまり、将来の不動産賃貸による収益は、1,000万円×5 (軒)×5 (年) = 2億5千万円となります。そして将来に不動産を売却して得られる5億円を加えると7億5千万円となります。これが基本的なインカム・アプローチの計算方法です(実際にはお金の将来の価値を現在の価値に変える必要があるのですが、ここでは簡略化のため将来の価値と現在の価値が同一であるものとします)。図で表すと次のようになります。

A社のインカム・アプローチによる企業価値評価のイメージ

しかし、上の7億5千万円はあくまで得られる過去の情報から試算した予測でしかありません。たとえば、3年後に大不況がやってきて5軒のうち4軒が空室になった場合、賃料収入が大きく下落します。また、その不況のあおりで不動産を売却する契約をしていたB社が倒産してしまった場合、不動産を5億円では売れないかもしれません。そのような場合、当初算定された企業価値7億5千万円は過大評価であったという結論となります。

基本的には、今の例と似たようなことが日本郵政にも起こっていたと考えらえます。たとえば、買収時の企業価値算定時に想定していた資源価格や為替相場、景気指数を現実の数値が大きく下回ったため、収益が当初の想定金額を下回ったのでしょう。

もちろん、予測と実際が離れることは仕方のないことです。将来の予測をぴたりとあてられる人などいない中で、限られた過去の情報から将来の予測を立てていかなければならないのですから、特にインカム・アプローチによる企業価値の評価は計算の方法は理論的である反面、客観性に乏しい性質を持っています。

しかし、わずか2年で7,500億円から2,200億円へ70%も企業価値が下落してしまう予測が信頼のおけるものであったか、という点には疑問を感じざるを得ません。当然、当時の細かな算定資料は入手できませんのではっきりとはいえませんが、将来の予測に対してかなり甘い見通しを立てていた可能性は否定できません。

ちなみに、冒頭で紹介している資産から負債を差し引く、という方法も企業価値評価のひとつです。アセット・アプローチと呼ばれ、買収金額が資産-負債の金額の何倍程度になるのかを検討します(この倍数をPBRと呼びます)。実務ではインカム・アプローチやアセット・アプローチ等、複数の評価方法を用いて企業価値評価を行っていくのが一般的ですので、複数のアプローチを社内でどのように解釈していたも気になるところです。

※日本郵政の2017年4月25日のリリースには以下のような記載があるため、本稿で紹介した数字は今後変動する可能性がある点にご留意ください。

「上記の業績予想は本資料の発表日現在において入手可能な情報に基づき作成したものであります。実際の業績は、今後様々な要因によって予想数値と異なる結果となる可能性があります。」

(司空)

※本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。

※1 http://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS06651/fc5628be/a92b/4596/9f81/10e5f80383ce/140120170424448469.pdf
リリースによればのれん等に含まれる資産としてのれん以外に商標権や有形固定資産があるが、本稿ではのれんだけに絞って話を進めている
※2 のれんは豪ドル建で豪ドルのレートは2015年当時よりも下落しており、かつ日本ではのれんの価値はコンスタントに減少していくという考え方が採用されているため、のれんの価額はすでに当初の計上額4,700億円よりもすでに減少していた。のれんの換算や減価償却に関しては、ここでは割愛する
※3 引用元:時事通信(http://www.jiji.com/jc/article?k=2017042500708&g=eco)
※4 修繕費や税金等の経費が発生しないものとする