トランプ大統領が夏休み前に行った“報復”の背景

 8月10日、1日にして20%以上もトルコリラが対ドルで下落した。
 同国のエルドアン大統領が国民に「手持ちのドル、ユーロ、金をリラに転換せよ」と呼びかけたことが、却って深刻さを浮き彫りにし、英国FT紙電子版(フィナンシャル・タイムズ紙電子版)が「ユーロ圏の主な金融当局がトルコリラの急激な下落を踏まえ、最大の貸し手であるバンコ・ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア、ウニクレディト、BNPパリバのトルコに対するエクスポージャーを懸念している」と報じたことや、トランプ大統領がツイッターで「トルコへの鉄鋼・アルミ関税を2倍に引き上げる」との方針を明らかにしたことが、さらにその急落に拍車をかけたが、その後、エルドアン大統領は「経済的な理由はない、トルコ戦争だ」と、「戦争」という単語を使ってアメリカの関税引き上げ措置を糾弾したが、果たしてそれだけが理由であろうか。

 大統領選に再選するや、首相制度を廃止することによって閣僚指名を自由にできる状態にしてから娘婿を財務大臣に任命し、中央銀行を大統領直轄の機関とする意向を示して圧力をかけることによって利上げを行わせず、「低金利こそがインフレを抑え、強いトルコリラに寄与する」と、誰もが首をかしげる理論を振りかざした自らの「失政」も、トルコリラ急落の大きな要因であろうと考えられる。

 しかし、これまで、WTO(世界貿易機関)協定におけるGATT(関税と貿易の一般協定)第21条に謳われているとはいえ「安全保障上の問題」を引っ張り出したのち、「知財」や「NATO負担金」など、果たして、天秤における「関税引き上げ」のもう片方の皿に載せるべきかどうか、はなはだ疑問なものを載せてきたトランプ大統領が、今回、「ブランソン牧師の解放」という明らかに違和感を受けるものを載せてきたことは、同牧師が米共和党の有力な支持基盤の一つであるキリスト教福音派の牧師であることから、やはり一連の関税引き上げが、中間選挙を強く意識したものであることを印象づけた。

 今回、夏休み(本人曰く「ワーキング・ホリデイズ」)前の1週間で、トランプ大統領は対外的に3つの大きな決断を行った。

 1つめは、イラン核合意離脱に伴う復活制裁の発動(イランと取引したら他国も同措置)であり、2つめは、ロシアに対する経済制裁の発動である。3月の英国におけるロシア元情報機関員の暗殺未遂事件について、「ロシア政府が化学兵器を使用した」と断定したうえでの措置であり、これにより8月22日より、米国からロシアへの安全保障に関わるモノや技術の輸出が禁じられ、また、もし今後、さらに化学兵器が使用される可能性があれば、「ロシア民間機の米国発着を禁じることを含めた追加措置を検討する」とアメリカ国務省は述べた。そして、最後が前述したトルコへの「関税引き上げ」である。

 イラン、ロシア、トルコ、それにアメリカを加えた4カ国が当事国といえば、浮かび上がるキーワードはひとつしかない。それは、「シリア」である。

 昨年11月、1枚の写真が世界を駆け巡った。
 イランのロウハニ大統領、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領の3人が手を重ねて笑みを浮かべているそれは、トルコの首都アンカラで撮影された。

 この写真を見て、米国のトランプ大統領は苦虫を潰したことであろう。
 7年間続いているシリアの内戦を終わらせ、新憲法を制定する(起草は当然、当事国が行う)ための準備会合が、米国抜きで行われたのである。

 これはこれまでの経緯から見て、明らかにおかしいことである。
 シリアにおいて、ロシアとイランはアサド政権を支援し、トルコ(及び米国)は反アサド政権側を支援することによって、まさしく「代理戦争」を繰り広げてきたのである。50万と言われる民間の死者の数は、全てがシリア国民同士の内戦でもたらされた数字ではない。

 本来、この場は、「米国、トルコ」(NATO)VS「ロシア、イラン」の話し合いの場となるのが筋であったはずである。しかし、そうならなかった理由は、トランプ大統領自身にある。
 “揺るがない男”、“有言実行の男”トランプ大統領がひとつだけ、コロコロ方向性を変えていることがあり、それが、シリアにおける米軍活動についてなのだ。
 選挙期間中に発言していた「早期撤退」を、予算作成時には「無期限配備」に変更したかと思えば、その後、実際に国防総省が米軍の追加派遣を行う計画を発表した際には、「早急に駐留米軍を全面撤退させるのだ!」と正反対の発言を行い、世界を驚かせた。

 米国を除く3国は、トランプ大統領の真意は掴めないものの、(忘れているかと思われた)選挙前の公約を次々と果たしていく姿に、「これは米国撤退するぞ。そしたら、内戦終わらせて、その後に向けた話し合いをしよう」と集まったのである。
 話し合われた焦点は「まず、(内戦でボロボロになった)シリア再建の初期費用を払い、アサド政権に大きな貸しを作ったうえで、その後シリアが受け取るであろう「再建のために受け取る国際援助金」を山分け(初期投資費用を回収)する」という手順かもしれない。

 そして、この会談は、今年の4月にも行われており、その翌月に、多国間合意であるイラン核合意からアメリカは電撃的に脱退したのである。

 今回のトルコリラの急落時に、同国は、ロシア、中国、イランの支援を期待しているという報道が多く見られたが、1年前であれば有り得なかった代理戦争敵国の名前が挙がっていることが、シリア情勢が変わりつつあることを表している。そして、もし、今回のアメリカの措置にそのシリア問題が絡んでいるとすれば、トランプ大統領が一度振り上げたこぶしを簡単に下ろすことは期待できないと思われる。

(スプリングキャピタル株式会社 代表取締役社長 チーフ・アナリスト 井上 哲男)

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