日銀のETF購入は株価を支えているか?

 日本銀行(日銀)は世界の中央銀行のなかで唯一、金融緩和政策の一環として株式ETFを2010年12月から今日までの過去7年間にわたって購入しつづけてきた。2017年11月末まで累計してみると、購入回数はなんと444回、購入金額は16.3兆円にのぼる。11月末時点で推計した保有するETFの時価総額は22.6兆円なので、含み益は6.3兆円ある計算になる。日銀は株式投資でガッポリ儲かったわけだ。

 2013年以降、異次元金融緩和と企業業績の改善でこの間我が国の株式市場は上昇基調を続けてきたが、この株価上昇に日銀のETF買いはどれほど寄与してきただろうか?市場関係者のあいだでは「日中の前場の取引で株価が下落すると日銀が買い支えるから安心だ」という空気がある。一方、一部のエコノミストは「効果はたかが知れているから日銀のETF購入は不要だ」と主張するむきもある。

 はたしてどちらの説が正しいだろうか?そこで日経平均株価の毎日の始値・安値・高値・終値のデータと、日銀が公表している過去のETF購入実績を突き合わせて統計的な検証を行ってみた。

 まず日銀の存在感が株式市場でどれほどの大きさを占めているかを見てみよう。【図表1】は、(2010年12月の最初の2回を除き)2011年1月から2017年11月までの約7年間で東証1部市場の売買高に対する日銀のETF買いのシェアを示している。年間売買高に占める日銀シェアは1%未満、1日平均売買高に対する日銀の1日平均ETF購入額のシェアも概して1~2%台にすぎない。国債市場をほとんど支配する日銀の存在に比べれば、株式市場ではとるにたらない存在だ。とても相場全体を左右する力があるとは思えない。

【図表1】東証1部売買高と日銀ETF購入額の比較 とはいえ、日銀が株価を下支えしているという見方は根強い。市場関係者の経験や新聞などメディアがしばしば語る日銀のETF購入についての典型的なストーリーは次のようなものだ。ある日の取引開始時の始値が昨日の終値より下落したり、午前中の株価が軟調で値下がりしたりすると、昼ごろには日銀がETF購入を発動して、その噂をきっかけに株価が持ち直す。翌日には日銀がETF購入の事実を公表するので、それを知った投資家が「日銀が昨日買い支えてくれたから安心してもっと株を買おう」と思えば、翌日も株価は上昇しそうだ。

 こうしたストーリーの「確からしさ」を統計的に検証してみよう。使用するデータは、日銀がETF購入を開始した2010年12月から2017年11月まで7年間1718営業日の日経平均株価の始値、安値、高値および終値である。これを日銀がETFを購入した日のデータセットA(観察個数444個)としなかった日のデータセットB(同1,274個)に分けて、AとBの平均値に差があるかどうかを検定してみた。

 棄却仮説(H0)は「平均値の差はない」とし、データセットAとBではデータのばらつき具合(分散)が等しくないという条件で両側t検定(信頼度p=0.05)を適用する。仮説が統計的検定で棄却されれば「“平均値の差がない”と自信をもって断言はできない」となる。分析結果は符号の向き(+か-)が前述のストーリーと整合的か、統計的に有意な差がある(t値が閾値1.96より大きい)で判定する。

 検証すべき株価の動きには3つの局面がなる。第1の局面(トリガー分析)は、株価が下がるとそれが引き金(トリガー)となって日銀がETF買いを実施するかどうかを見る。①前日終値と当日始値までの変化率、②当日始値から当日安値までの下落率をAとBで比べて平均値が違うかどうか。

 第2の局面(当日インパクト分析)は③始値から終値までの日中の騰落率(日銀の影響があれば符号はプラス)だが、さらにこれを③-1では株価が上昇した日の平均上昇率、③-2では株価が下落した日の平均下落率をAとBで比較する。また日銀のETF買いが安値から終値までの上昇に寄与したかどうかを調べるために、④安値から終値までの上昇率、⑤(安値から終値までの上昇率)と(高値から終値)までの下落率の差で、日銀の株価押し上げまたは下支え効果があれば前者が後者を凌駕するはずだ。

 第3の局面(翌日インパクト分析)は当日から翌日にかけての動きだ。ある日に日銀がETFを購入した場合、⑥当日終値から翌日始値への変化率、⑦翌日の始値から終値への変化率、⑧当日終値から翌日終値への変化率をデータセットAとBで平均値の差を検定をする。

 以上8つの株価変化をAとBで平均値の差を検定した結果を【図表2】は一覧表にしてある。表の右端の2列は、符号の向き(+または-)がストーリーと整合的であれば○、そうでなければ×を示し、t値が統計的有意水準を超えていれれば○、有意でなければ×を表示している。両方の欄とも〇であれば仮説を棄却できてストーリーが支持される。

 符号の向きと統計的有意性を両方とも満たして仮説を棄却できたのは、①と②のトリガー分析――前日終値より当日始値が下落したとき、または当日始値から安値までの下落率が大きかったとき――だけである。 当日や翌日の株価の動きには影響がないどころか、むしろETF購入を実施した日でも株価の下落に歯止めがかからなかったようだ。日銀が「株価を押し上げてきた」とか「株価を下支えしてきた」という巷説は、データを統計的に検証してみたかぎりこの説を裏付ける有力な証拠はない。

【図表2】日銀がETF購入した日としなかった日の平均値の差の検定
(一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤講師 山口 勝業 博士(経済学)/CFA/CMA )

※本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。