米国経済:景気後退シグナルとしての米国長短金利差の信憑性

 米国の景気動向について、「長短金利差の縮小(図1)が近い将来の米国景気後退を示唆している」といった声をときどき耳にします。図1で示した灰色の期間は過去45年間における米国の景気後退期(NBER:全米経済研究所の判定によるもの)を示しています。
 図を見る限り、概ね「あたり」のようではありますが、精度に欠けるようです。肝心の今後ですが、長短金利差がゼロに達するのは時間の問題のようにも見受けられます。
 しかし、長短金利差だけで景気後退期入りを判断してよいものでしょうか?今回は、長短金利差(米国債の長短利回り格差)が示す景気後退シグナルの信憑性について検証していきます。

<まとめ>

  • 米国の長短金利差は景気後退期入りのタイミングを探る手段の一つとしては有益。
  • ただし、金利要因だけで機械的に判断することは危険。
  • 近年の手法では、長短金利差に一般事業債の信用リスクを加味し、景気後退期入りの先行指標として利用している。
  • その直近の手法によると、現時点では景気後退入りを懸念する状況にはなさそう。

FRB内部でも長短金利の指標性については議論が分かれている

 FRB(米国の中央銀行に相当)内部でも長短金利が示唆するところについては、下記のように見解が分かれていたようです(2017年12月に行われたFOMC(連邦公開市場委員会)議事録より)。

  • 「過去数十年にわたり、米国経済が後退期入りする前には長短金利の逆転現象が発現しており、これを看過することはできない」(多数派)
  • 「イールドカーブの平坦化(長短金利差の縮小)は、本委員会が決定した政策金利がその目標水準に近づいている結果に過ぎない。このような状況下での長短金利の逆転は、必ずしも景気の後退を予見させるものであったり、これを惹起させるものとは言えない」(少数派)

国債の長短金利差だけでは判断を見誤るリスクも 債券市場にはここまでに紹介した国債だけではなく、一般事業債もあります。一般事業債には国債との利回り格差(以下、信用スプレッド)が存在します。財務状況が安定し(負債率が低いなど)、業績も好調な企業ほど信用スプレッドは縮小する傾向にあります。
 従って、一般企業全体を見渡した場合に、その信用スプレッドの水準(図2 青色:投資適格の企業群、朱色:投機的水準の企業群)が縮小傾向にあるときは債務不履行などの可能性が低下するため、景気後退の懸念も低下するといえるでしょう。信用スプレッドは各企業の倒産確率なども加味されているからです。
 FRBも信用スプレッドを判断基準に加えることで、景気後退期入りの判断についてその確率を高めようとしています(後述)。
※CDS指数については、データ取得可能期間が2006年3月以降と短くなっています。

簡単に前回の景気後退期入りとは比較できない 今回のイールドカーブの平坦化の過程は過去の景気後退期入りの過程とは異なる点があります(図3)。FRBによる出口戦略転換(2015年末)以降の短期金利(黄色)は一貫して上昇傾向にあります(FRBによる政策金利(短期)引き上げの影響)。一方、長期金利(朱色)の上昇スピードは短期金利に比べて遅行している(上昇傾向に転換したのは2016年下期から)ため、これがイールドカーブの平坦化を加速させている側面があります。
 また、ここ数年の長期金利上昇速度の遅さはGDP(国内総生産  青色)の拡大速度が緩慢であったことを反映するものとの指摘もあります。

直近の分析手法では、むしろ景気後退期入りのリスクは低下している FRBが直近使用している修正長短金利差モデル(図4 一般事業債の信用スプレッドを加味したもの 朱色)は、修正前のモデル(青色)と比較すると振幅の回数も幅も抑えられ、景気後退期期入りを判断する先行指標として、より機能しているように見受けられます。

 これはトランプ政権による大減税が企業収益を拡大し、そのことが企業の信用リスク良化(信用スプレッドの縮小)につながったことが大きく影響していると思われます。

 ただし、大減税と引き換えに米国は財政収支の悪化を選択したため、これまでの好景気による「良いインフレ」から、国家の負債を原因とする「悪いインフレ」にも立ち向かわなければなりません。そのため、2019年以降は景気の減速が顕著になる可能性があります。そうなると景気後退期入りのタイミングが早くなるかもしれません。

(eワラント証券 投資情報室 チーフ・ストラテジスト 塚本 誠)

※本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。