裁定買い残の検証と見るべきポイント

 9月以降、市場の一部で「裁定買い残の積み上がりが、いずれ解消売りを招き、株式市場の下落要因となるのではないか」という声が聞かれる。

 上のグラフは、裁定買い残と日経平均の推移を示しているが、JPX(日本取引所グループ)から発表されている裁定買い残金額の直近のピークは11月2日時点の2兆9,119億円。確かに、それまでの8週間で1兆5,000億円以上積み上がり、2015年年末以来の3兆円のせが目前となっていることが分かる。2016年年初の相場は、6週間で日経平均が4,000円以上も下落し(15年年末:1万9,033円 → 16/2/12:1万4,952円)、1兆3,000億円の裁定解消売りが出たことが、下落の一因とされた記憶が、今回の懸念に結びついていると思われるが、まだ懸念すべき水準までは1兆2,000億円程度の上積み余地が残されていると考えている。

 その根拠であるが、私は、裁定取引における買い残金額は、ローデータである金額そのものではなく、東証1部の時価総額比で何パーセントに達しているかで測るべきと考えている。上のグラフは裁定買い残の東証1部の時価総額に占める比率と日経平均の推移を示したものであるが、これを見ると、この比率が楕円で囲んだ“一定の水準値”に達した後は、解消売りが出され、日経平均という指数は四角で囲んだ部分が示すように下落する傾向を示してきたと言える。その“一定の水準値”であるが、アベノミクス相場以前は「0.75%」、そして、アベノミクス相場が始まって、1年が経過した2014年以降は「0.6%」と考えている。

 なぜ、このような“一定の水準値”が存在するのかであるが、それは裁定取引を行っているほとんどの主体が、「証券会社の自己部門」であることに起因すると考えている。裁定取引は数名のチームを組んで行われていることが多いが、大切なことは「裁定取引は決してリスクがゼロの取引ではない」ということである。それぞれのチームは所属する証券会社より裁定買い残として保有することが許される金額の上限が設定されており、その合計がこのような“一定の水準値”を作ると考えている。

 裁定買い残の金額として現在意識されている上記「2015年年末」は、一番右の楕円で囲った部分であり、“一定の水準値”である「0.6%」を最後に超えたときであった。そのため、その後に解消売りが生じたのであるが、今回、「0.6%」に達するまでには、1兆2,000億円程度の“余裕”があるのだ。

 11月に入り、日経平均は月初の4営業日で926円上昇し、その後の6営業日で909円下落するなど、ボラティリティの高い状態が続いている。また、11月9日には日経平均のザラ場の高低幅が859円にも達し、一部で裁定解消売りの存在も囁かれたが、この日の業者別先物(12月限ラージ)手口(出所:QUICK:デリバティブコメントからスプリングキャピタル社が試算)を見ると、ソシエテジェネラル、ABNアムロ、メリル3社の総売買枚数は16万6,500枚を超え、市場シェアは53%となっているが、売り枚数と買い枚数の差は合計でたったの1,772枚でしかない。売買枚数の1%程度ということは、100枚場中に買ったら99枚は手仕舞ったということである。つまり、この売買の背景には、商品先物系ファンド(CTA)やアルゴリズム取引がいたと考えられるのだ。事実、11月13日にJPX(日本取引所グループ)が発表した、11月9日の裁定取引株数は、買付けが13.1百万株、売付けが8.7百万株と、買い越し(裁定買い)となっている。

 先物手口から解消売りが出たかどうかを判断するのには、国内の大手証券会社の動向を見るのがよい。それは、裁定取引の大口プレイヤーにそれらの会社が名を連ねているからである。相場下落時にそれらの先物手口が大きく買い越している場合、その買いは、それまでの「現物買い:先物売り(裁定ポジション)」の手仕舞いによるものであることが多い。このように、裁定取引の動向を追うには、週次の金額を見るだけでなく、東証一部の時価総額比、そして、先物の業者別手口を見ることが肝要である。

(スプリングキャピタル株式会社 代表取締役社長 チーフ・アナリスト 井上 哲男)

※本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。